チャドルート一章
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これから一体、どこに向かえばいいんだろう……。

陽向「……今日は厄日だ」

そんな簡単な言葉で片づけられるほど生半可なものではないけれど。

陽向「何だって……僕なんだ……」

この国で僕は真面目に学業に打ち込むはずだった。

それなのに……っ。

陽向「騙されて家がなくて、その上、学校にも行けないなんて」

陽向「こんなの、ウソであってほしい……!」

思わず往来で日本語を使い、叫んでしまう。

案の定、道行く人たちから訝しい目で見られてしまった。

しょんぼりと肩を落として小さくなり、逃げるように足早に歩き出した。

この土地から立ち去ったほうがいいんだろうか……。

こんなことに、なってしまったのだから。

陽向(でも……そんなの、本当に逃げてるだけだ……)

自分の家に戻ることは簡単だけど。

大学に入学できたことを喜んでくれた家族に、悲しい思いをさせてしまう。

それに、負け犬のようで悔しくもある。

そう思うと、胸のあたりにぐっと重い塊を感じた。

???「ハイ、ボーイ」

突然、知らない人に話しかけられ、ビクリと体が震えた。

???「可愛らしい少年のひとり旅は、危険ですよ」

陽向(な、何なんだ。この人、急に……)

東洋人である僕はどうしたって若く見られる。

だから心配してくれているのか、それとも他に何か目的があるのか……。

???「何か、お困りなのでは?」

陽向「っ!」

僕の顔を見て優しく微笑んだその人は、びっくりするくらいに綺麗な顔立ちの人だった。

それに、その物腰からは自然と品が溢れ……。

柔らかそうな髪が風に揺られ、甘いコロンの香りが漂ってきた。

陽向(こんな人……いるんだ)

これまで出会ったどんな人よりも、ずっと、うんと美しい。

僕は優しげな彼の顔を見つめたまま、すっかり言葉を失ってしまった。

???「ん? 私の顔に何かついていますか?」

陽向「い、いえっ……」

彼の言葉に、はっと我に返ってかぶりを振る。

???「もし、あなたが迷子なら、お連れの方を一緒に捜して差し上げますよ」

陽向「……あの、違います。大丈夫ですから」

親切にも、僕に協力をしてくれるという彼に、慌てて断りを入れる。

陽向(そう簡単に、人を信じてはダメ……)

???「私のこと、怪しんでいますか?」

チャド「それなら問題ありません。私はチャド・コールマン。怪しい者ではありません」

陽向(怪しい人はたいがいそう言う……はず)

チャドと名乗った人は、僕に向かって手を差し出した。

陽向(だって、また騙されるわけにはいかない!)

陽向(も、もし、あの人が親切で言ってくれてるなら申し訳ないけど、でも……っ)

これでもかというほど、僕は全速疾走した。



陽向「はあ……はあ……これで逃げ切れたかな……」

彼を頭ごなしに疑ってしまったせいか、何となく気分はスッキリしないけれど。

先ほどまでの、鬱々とした気持ちは薄れていた。

陽向(……少しだけ感謝、かな)

ほっ、とため息をついたところに……甘いコロンの香りが鼻孔をくすぐった。

陽向「えっ!?」

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チャド「う~ん、あなたの反応があまりに可愛いので、ついムキになって追いかけてしまいました」

前髪をかきあげ、チャドさんは困ったような顔で笑った。

陽向「ど、どうして着いてくるんですかっ!」

チャド「先ほど言ったでしょう? あなたが追いかけてくれと言わんばかりに逃げるからです」

陽向(なんだ、それ……!)

チャド「あなたはどうやら、私の心をくすぐる何かを持っているようですね」

陽向「な、何ですか、それ……」

チャド「いやあ、私のほうが、それが何かを教えていただきたいくらいです」

何とも掴みきれない性格だ。

チャド「まあ、それはこれから、ゆっくりと分かり合ってもいいですよ」

チャド「まだ出会ったばかりですから、これからたっぷり時間はあるでしょうしね」

そう言ってチャドさんは、にっこりと微笑む。

その笑みは、春風が吹きそうなほど爽やかだったけれど、それと同時に心は全く見えなかった。

チャドさんの柔らかな笑みを、軽く睨みつける。

陽向「……あの、本当に意味が分からないです」

チャド「そうですね。私も自分がどうしてこんなにもあなたに惹かれるのか、全く分かりません」

柔らかな微笑みは変わらず、嘘をついているようには見えない。

陽向(だけど、言ってることは変だよ……!)

逃げたほうがいいはず。

逃げて振り切ったほうがいいはず。

陽向(でも……どこに逃げれば……?)

まだ、この国に着いたばかりで詳しくない。

でも一カ所だけ、僕が行ける場所が……。

チャド「降参して、私を少し頼りにしてみませんか?」

陽向「す、すみませんっ、やっぱり僕……!」

チャドさんの脇を脱兎のごとく通り抜け、元来た道を駆けた。

チャド「やはり、可愛らしい少年ですね……」



陽向「……はあ……はあ……あ、あなた、は……」

陽が落ちるまで走り続けたせいで、うまく喋れない。

チャド「久しぶりにいい運動をしました」

チャドさんは、のんきに目元に手をかざし、空に浮かんだ月を眺めている。

陽向「どうしてそんなに、僕を追いかけるんですか?」

陽向「あの、僕、お金なら持っていないので、騙してもつまらないと思います……」

チャド「騙す? 突然ですね。私は、そんなつもりはありませんよ」

チャド「それよりも、お金がないのなら泊まるホテルもない、なんてことは?」

陽向「……う……それは……」

チャド「やっぱり……」

彼はまたしても、とても優しい顔で微笑んだ。

なぜだか、彼の笑顔にはほだされてしまいそうになる。

チャドさんが微笑むと、魔法にかけられそうになってしまう……。

チャド「あなたは、素直でいい子なのでしょうね」

陽向「……え?」

チャド「騙されたんでしょう? だからこんなにも、疑り深くなっている……」

チャド「違いますか?」

陽向(……図星だけど……でも……)

チャドさんは優しい声で言いながら、僕の頭をそっと撫でた。

ここで怒るのは短慮すぎるかもしれない。

見ず知らずの僕を心配し、街中を走り回ったんだ。

陽向(……汗まで……かいて……)

チャドさんの茶色の髪の隙間を縫うように滴が見えた。

思わず、袖で汗を拭っていた。

チャド「?」

陽向「す、すみません……!」

自分のしたことを誤魔化すように、一歩退いた。

チャド「私は本当に、怪しい者ではありません。そんなに距離をとらなくてもいいのでは?」

陽向「でも……怪しい人ほど自分のことを怪しくないと、言うんじゃないでしょうか……」

チャド「あれ? そうですか」

僕の言葉を気にした様子もなく、ニコニコと彼は笑っていた。

チャドさんの優しい笑顔。この笑顔が偽物だなんて思いたくなかった。

でも……信じるには、あまりに情報が少なすぎる……。

陽向「あの、気にかけてくださってありがとうございます……でも、本当に大丈夫ですから」

チャド「大丈夫だと言われても、ひどく疲れた顔をしていますよ?」

チャドさんの優しく諭すような声音に反応して、体と心の力が抜けそうになる。

チャド「もっと言うなら、あなたが死にそうな顔に見えてね」

陽向「そ、そこまでは……」

チャドさんの言葉を否定しつつも、自然と手は自分の頬に触れていた。

チャド「私はあなたにひどいことをするつもりはありません」

チャド「あなたのように可愛らしい子を、騙せるはずもありませんから」

陽向(でも……)

蕩けるような笑みと声音に、今度は、騙されて傷つけられた心が疼きだした。

陽向「でもあなたも……僕を騙した人たちと一緒かもしれない」

チャドさんは何も悪くないのに、感情が高ぶり失礼なことを口にしてしまった。

今度は罪悪感で、ズキリと胸が痛む。

陽向(僕はただ……この国で勉強したかっただけなのに……)

陽向(学校も住むところも奪われて……)

チャド「可哀相に。よほど、ひどい目に遭ったんですね」

陽向「分かりません……。これがこの国では、ふつうなんでしょうか……」

チャド「ふつうではないかも知れませんが、取り立てて珍しい話でもないと思います」

チャドさんは、僕の感情を荒げないためか、静かな口調でそう言った。

自分に起きた災難は、そう珍しいことでもない……。

しかし、言われてすぐに納得できるはずもなかった。

チャド「そんなに落ち込まないでください」

チャド「珍しい話ではないからと言って、つらくないとは言っていません」

チャド「大変でしたね」

陽向(大変だったと……一言で片付けられることじゃないんだ……)

陽向「本当に、そう思ってくれてるんですか?」

眉間に力をいれ、チャドさんの顔を睨みつける。

チャド「そうですね、私には君の気持ちが分からない。でも、聞いてあげることはできますよ」

彼の大人らしい発言に、感情が揺れた。

陽向「……八つ当たりでした……すみません……」

チャド「いいえ。気にしないでください」

チャド「誰だって、つらい目に遭えば心がとがってしまうものです」

陽向「……ありがとうございます……」

そう言い、頭を下げた時だった。

チャド「これから、行く当てはありますか?」

チャド「できれば君を、本当に助けてあげたい……」

陽向「…………」

真摯な眼差しに心が揺れる。

チャド「私のところに、来ませんか?」

知り合ったばかりの、見ず知らずの僕に、チャドさんはとんでもないことを提案してきた。

陽向「その……本気ですか?」

陽向(出会ったばかりの僕を、泊めてくれるなんて……そんな……)

チャド「今の君に、冗談を言えるような人間ではないつもりですよ」

陽向「で、でも……もし僕が、悪い人だったらどうするんですか」

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チャド「君が……?」

大きく目を見開いたと思えば、次には声を上げて笑い出した。

チャド「あはははっ、それはないですよ。それくらい見極めることはできているつもりです」

陽向(……っ)

チャド「ほら、今みたいに君は感情が顔に出てしまう」

ふくれっ面になってしまった僕の顔を、チャドさんは面白そうに見ている。

陽向「こ、これも演技かも知れないですよ」

チャド「まさか。あなたにはそんな器用なこと、無理じゃないですか?」

陽向(僕、もしかして、からかわれてる……?)

チャド「ふふ。それに、あなたになら騙されても、文句は言わないですよ」

チャド「むしろ、騙されてみたいものです」

陽向「う……」

陽向(あ、怪しさいっぱいだし!)

しかしその後、しばらくやりとりをかわし……。

僕は結果、チャドさんの家に一晩だけお世話になることになった。



チャドさんと一緒に、アパートまで歩いてきた。

部屋の中は意外と広そうで、しんと静まり返っている。

陽向「ここがチャドさんの家ですか?」

チャド「アパートをシェアしているんです。他の人が眠っているから、おしゃべりは小さな声でしましょうね」

陽向「分かりました」

陽向「あの……今日は本当にありがとうございます。それと、失礼なことも言ってすみませんでした」

チャド「気にしなくていいですよ。君はいい子ですね」

チャド「ひとまず、今日はここで眠ってください」

チャド「私は自分が寝る部屋を探してきますので」

陽向「え? 同じ部屋を使わないんですか?」

チャド「見ての通り、ベッドはひとつしかありません。それに……」

陽向「僕、ソファで大丈夫ですよ!」

チャド「……本当に?」

陽向「え……? はい、もちろん」

チャド「君がそう言うのなら、そっちのベッドを使ってください」

チャド「君がお客様ですから、私がソファで寝ましょう」

陽向「でも……」

押し問答をするが、チャドさんも譲ってくれない。

結局、チャドさんの言葉に甘える形で、空いているベッドに横になった。



陽向(はあ……僕、すごく疲れてたんだな……)

ベッドに潜りこむと頭が重く感じ、すぐに眠りにつきそうで……。

陽向(本当に今日は……いろんなことが起きた……)

頭がぼんやりとしてきて、あと少しで意識を手放しそうだった時。

チャド「眠ってしまったんですか?」

耳元で聞こえる声に反応し、目を開けた。すると……。

陽向「え……」

僕の体にのしかかるような形で、チャドさんの顔がすぐ近くにあった。

陽向「え……? チャドさん……?」

驚きから目を一杯に開いて、チャドさんの顔を見た。

しかし当の本人は、ただ柔らかな笑みを浮かべて僕の髪をそっと指で梳くだけ。

チャド「キレイな髪ですね。ん……」

唇に髪の先を押し当てられていた!

陽向「っ!? な、何するんですかっ?」

眠気が吹き飛ぶ。

あまりに驚いたせいで、とっさには動きをとれず、チャドさんの顔を唖然と見上げた。

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チャド「ん? 先に誘ってきたのは、あなたのほうじゃないですか」

陽向「ぼ、僕!?」

焦っている僕にはお構いなしに、チャドさんの指は何度も僕の髪を梳き、頭を撫でる。

陽向「あ、いや、とにかくストップです! ストップ、ストップ!」

チャド「恥ずかしがっているんですか? それとも計算?」

チャドさんの指先は、僕の頭から下り始め頬を撫でる。

慌てて、その手から逃れようと抵抗を示した。

陽向「な、何を言ってるのか分かりませんから!」

チャド「焦らしているのですか?」

陽向(この人、いったい何言ってるんだろう……!)

チャドさんの指先が滑ると、肌がゾクゾクとする。

心臓が、ドキドキする。

陽向(ダメだ……逃げないと……!)

チャド「いつまで抵抗するつもりですか? まさか、また私から逃げてしまうなどとは言いませんよね」

チャド「今日1日、君とは追いかけっこばかりした気がします」

陽向(うう……ど、どうすれば……!)

チャドさんがじっと、僕を見ている。

チャド「……どうしてそんなに震えているんですか?」

チャドさんは身を引き、今度は少し離れて僕を見た。

陽向「それは……意味も分からないし……こ、怖いからです……」

チャド「怖い? ……もしかして、私が?」

陽向「はい。僕をここに呼んだのはこのためなんですか……?」

チャド「まさか。そんなことあるはずありません」

チャド「私と一緒の部屋だと言っても嫌がらないので、誘っているのかと思ったんですが」

陽向「そんな……!」

チャド「……そうか、君は違ったんですね。すっかり騙されてしまいました。君の可愛らしさに……」

陽向「…………」

チャドさんが悲しげに目を伏せたような気がして、チクリと胸が痛んだ。

チャド「申し訳ないことをしました。もう何もしないので、ゆっくり休んでください……」

チャドさんはゆっくりとベッドから降り、静かな足取りで離れて行った……。

その後ろ姿を見つめ、僕は呆然としてしまった。

男の人にこんなことをされた経験なんて今まで一度だってない。

暴れる心臓を抑えるため、気がつくと服を強く握り締めていた。

陽向(あ……明日、朝一でここを出たほうがいい。そう、だよね……?)

ここは危険だ。

そう、僕の本能が訴えていた。



翌朝。チャドさんが起きる前にお礼を書いたメモを残し、部屋をあとにした。

陽向「はぁ……」

これからのことを考えると、ため息がとまらない。

陽向(これからどうしたらいいんだろう)

荷物はこんなに重かったかな。

気持ちの問題かもしれないけど、自分ひとりでは持てない錯覚を覚えそうで。

この場所で、うずくまってしまいそうだった。

???「誰だ」

陽向「え……」

低い声に振り返ると、見事な金髪の青年が僕を睨みつけながら壁に寄りかかっていた。

端正な顔をした青年の睨みには迫力がある。

陽向「え……あっ、このシェアハウスに住んでいる方ですか?」

???「そうだ。それで、お前は誰かの客か?」

陽向「僕……泊まるところがなくて、チャドさんに部屋を貸してもらったんです」

???「……チャドが?」

陽向(すごく、怪しんでる顔だ……)

彼の目つきが怖くて、僕はゆっくりと玄関に向けて足を動かした。

陽向「あの……それじゃあ、帰るので! 失礼します!」

この国に来てから何度、こうして逃げ出しただろう。

僕は慌てて、家から飛び出してしまった。



走り出し逃げた先は……大学だった。

陽向「結局、ここしか僕の行くところはないんだよな……」

陽向(それに、偽物を捕まえて警察に突き出してやるんだ……!)

気合いを入れ直し、歩き出した時だった。

男子学生「陽向、こっちに来いよ!」

陽向「え……?」

突然、自分の名前を呼ばれ、驚いて振り返る。

???「待ってくれよ」

別の東洋人が答えていた。

陽向「あのっ!」

気がつけば、とっさに偽物の僕の腕を掴んでいた。

???「何……?」

陽向「陽向です。僕も……陽向ですっ! この学校に通うはずだった……!」

???「!? ……何を言っているのか分からないな。頭おかしいんじゃないの?」

陽向「おかしくなんてないです! そっちこそ、同姓同名なんておかしい! どうして僕のフリをしてるんですか!」

???「何だって?」

彼もまた僕の服を掴み、殴り合いになる寸前だった。

チャド「ストップ!」

パンッ、と手を打ち鳴らし、現れたのはチャドさんだ。

僕の腕を掴み、引きずるように歩き始める。

陽向「なっ、何するんですか! 離してください!」

チャド「これ以上騒げば警備員が来ますよ? それでもいいんですか?」

陽向「それは……」

陽向(困るけど……でも……!)

チャドさんに引きずられるようにして、見知らぬ公園に連れて来られた。

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チャド「やれやれ、大人しそうな顔をして案外大胆なことをするんですね」

陽向「……だって、自分で何とかするしかないから……」

陽向(ん? でも、どうしてチャドさんはあの場所に……?)

意味が分からず、ただ混乱して僕はその場に座り込んだ。

チャド「どうしたんです? 大丈夫ですか?」

陽向「……大丈夫じゃないです。色々と分からないことだらけです……」

チャド「ふむ。そのようですね」

チャド「大学に行ったのは、私も別件で用事があってですが、あなたがいたのには驚きました」

そう言いながら、チャドさんはじっと僕のことを見つめた。

陽向「……? あの、僕の顔に何かついていますか?」

チャド「ああ、すみません。失礼しました」

陽向「あの……どうしたんですか?」

チャドさんにじっと見つめられてたじろぎ、僕は彼に問いかけた。

チャド「君がね、と思っていたんですよ」

陽向「……?」

チャド「もっと子どもだと思っていました。まさか大学生とは」

陽向「え……」

あまりに真面目な様子だったから、深刻なことだと思っていただけに、脱力だ。

陽向「そんなに僕って、子どもっぽいですか?」

チャド「まあ、そうですね」

チャドさんはそれっきり僕から視線を外し、遠くを見つめ始めた。

濃いブラウンの髪が風に揺られ、彼の横顔を隠していた髪が横に流れる。

陽向(本当にこの人はキレイな人だ……)

ぼんやりと見つめていると、チャドさんはなびく髪を手で押さえ僕を見下ろした。

チャド「大学で噂になっていましたよ。ふたりの陽向が現れたと」

陽向「……そんな風に、言われているんですね……」

チャド「君はもう関わらないほうがいいと思います。できるだけ早く国に帰ることをお勧めしますよ」

陽向「な……っ! どうしてですか!」

チャド「君のためだからです」

陽向「理由を言ってくれないと!」

突然の言葉に強く言い返してしまう。

昨日出会ったばかりの僕のためだなんて……。

陽向(まるで僕を帰したいみたいじゃないか)

陽向(というか……チャドさんは、大学での噂を誰から聞いたんだ?)

どう見ても学生には見えず、講師にも見えない。

陽向(怪しい……?)

陽向「僕がふたりいる理由を、あなたは知っているんですか?」

チャド「私が? 知るはずがありません」

完璧なまでの笑みは、嘘を言っているようには見えない。

だからと言って諦めることができるはずもなく、食ってかかろうとした時。

???「気にくわないが、チャドの言う通りだな」

振り返ると、ひとりの男が不機嫌そうな顔をして近づいてきていた。

チャドルート二章
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近づいてきた男は、今朝会った金髪の青年だった。

チャド「……アレン。どうしてここにいるんです?」

チャド「陽向には手を出さないようにお願いしますね」

陽向「え……?」

アレン「ふん、どんな手出しだ」

チャド「ふふ。それはご想像にお任せしますよ」

陽向(な、何だ、このふたり……)

ふたりの怪しい雰囲気に首を傾げる。

と、アレンと呼ばれた青年は険しい顔つきになった。

アレン「俺は忠告しにきてやっただけだ」

チャド「忠告……?」

チャド「しかし私と君の意見が合うなんて、本当に珍しいことですね」

アレン「最初に言っただろう。気にくわないが、とな」

……どうして、僕の大学のことに関して口を挟むんだろうか。

アレン「おい、お前。どうして納得のいかない顔をしている」

アレンさんの瞳が僕を見据えた。

ぞくりとするような強さを持っている、不思議な雰囲気の人だ。

陽向「納得いくはず……ありません。僕は大学へ通いたいんですから」

すると、アレンさんが小さくため息をつき口を開いた。

アレン「お前、昨日今日と大学で騒ぎを起こしただろう?」

陽向「どうしてそれを……」

アレン「俺もあの大学の学生だ。ちょうど近くに居合わせもした」

アレン「その騒ぎの張本人が今朝は家にいたんだから、それには驚いたが」

学校で騒ぎを起こした人が家にいれば、僕も驚く。

アレン「陽向と言ったな。お前も色々と知りたいだろうが、俺もチャドにはっきり説明してほしいくらいだ」

チャド「ふふ。私に聞かれても困りますよ」

ふたりの間に、火花が飛んだように見えた。

慌てて火花を消すべく割って入る。

陽向「あ、あの、どうして僕が国に帰ったほうがいいのか、教えてもらえませんか?」

アレン「……学校側はお前を不審者扱いで、警察に届け出るつもりらしいからな」

陽向「え……そんなっ!」

アレン「かくいう俺も、お前が怪しいと思ったから、こうして後を付けていた」

愕然とした。

僕はこの街で不審者扱いを受けているのだ……。

陽向(でも……国に帰るなんて……)

言葉を失っていると、大きな手が僕の手をそっと包み込んだ。

チャド「そう、落ち込まないでください」

チャドさんの瞳が近づいてきて、一緒に悲しんでくれているようだった。

チャド「住むはずだった家が詐欺にあったり、偽物が現れたりして、辛い気持ちは分かります」

チャド「でも、辛い場所にこれ以上いても、君は幸せにはなれないでしょう?」

陽向「……それは、そうかもしれません。だけど……」

チャド「それなら、国に戻って再スタートを切るのもいいんじゃないでしょうか」

陽向(再スタート…………)

諭すような言葉に胸を打たれる。

確かに、この国では誰も僕の言葉を信じてくれないのかもしれない。

陽向(でも……でも……)

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陽向「このまま、逃げ出したくなんてないです……」

陽向「頑張って勉強もして、やっと夢が叶ったんです」

陽向「それを奪われて、黙って逃げ帰るなんて……絶対に嫌です」

チャド「……君は……」

陽向「あ、す、すみません……」

陽向「ふたりとも心配してくれているのは分かってるんです……でも、僕……」

自分の発言の恥ずかしさに、少しでも距離をとろうと後ろに下がってしまう。

チャド「……可愛いだけではないようですね。君は」

アレン「なかなか言うじゃないか」

アレン「アパートに来い。一時的に住むことを許可してやる」

チャド「ああ、それはいいですね。住む場所は大切ですから」

陽向「え? そ、それはありがたい話ですけど、大家さんがいないと」

アレン「俺がその大家だ」

陽向「ええ!?」

僕と同い年ぐらいの彼が大家って……。

アレン「そんなに驚くことじゃない。で、どうする」

甘えてしまっていいんだろうか。

僕の我がままに付き合わせるだけなんじゃないだろうか……。

チャド「やれやれ、手の掛かる人ですね」

アレン「引きずっていくだけだろ」

チャドさんとアレンさんが、僕の手を取る。

迷っている僕に気を遣わせないためだろう。

陽向(でもどうして、こんな時だけ息が合ってるの!)

陽向「……あ、あの! ありがとうございます」

アレン「気にするな。ただし、空き部屋はないからチャドと同室だ」

陽向「え……う……」

陽向(それって……)

昨夜のことを思い出し、体が固まった。

チャド「どうかしました、陽向?」

無邪気な瞳でチャドさんは問いかけてくる。

ニコニコ笑っている顔を見ると、これは……分かっている気がする。

陽向「い、いえ、チャドさんとの生活が、楽しみだな……と」

チャド「ふふっ、そうですね。私もです」

陽向「……どうして、笑っているんですか?」

チャド「陽向の嘘はバレバレで可愛いなあ、と思いまして」

アレン「お前ら……何かあったのか?」

チャド「ふふ」

陽向「…………」

アレン「大家として言っておくが、こいつが嫌がるようなことは禁止だ」

チャド「私が? そんなことしませんよ」

まただ……。

また、ふたりの間に見えない火花が飛んでいるように見える。

時折感じる不穏な雰囲気に、イヤな予感がよぎる。

陽向「あの……やっぱり、僕はいないほうがいいんじゃ……」

アレン「何をいまさら。じゃあ俺は先に行くぞ」

陽向「あ……」

アレンさんは、そのまま踵を返し行ってしまった。

とり残された僕はどうするべきなのか分からなくて、その背中を見つめていると……。

陽向「わっ!?」

突然、体ごと後ろを振り向かされたと思うと、チャドさんの顔が近付いてきた。

顔が……近い。

体をのけぞらして、少しでも距離をとろうとしているのに。

チャドさんはいっそう、近づいてきた。

陽向「あの……何ですか……?」

チャド「いや、同居生活だなんて面倒なことになったなと思いまして」

むっとしてしまい、思わず唇をとがらせる。

すると、唇の先端をチャドさんの指が掴んできた。

陽向「んっ! 何すりゅんですか……」

チャド「可愛い仕草をするあなたが悪いんですよ」

チャド「あと、断っておきますが、面倒だと感じつつその反面私はとても今楽しいんです」

陽向「よく……分かりません」

チャドさんの指が離れた。

少しヒリヒリする唇を撫でて、一歩、後ずさる。

チャド「だって、何が起こるか分からないでしょう? ドキドキしません?」

陽向「ドキドキ、ですか……」

チャド「分からないような顔をしていますね。もっと楽しむことを、覚えたほうがいいかもしれませんよ」

陽向「楽しむ……」

チャドさんの言葉を反芻してみる。

でも……今の僕には、やっぱりよく分からない。

チャド「すぐには無理かもしれませんけれどね」

陽向(チャドさんなら、僕の立場でも楽しめてたってことかな……)

チャド「ところで、これから陽向はどうするつもりですか?」

陽向「それはもちろん、取り返します! 奪われたもの……全部」

チャド「ええ、それは分かっています。その方法を聞いているんですよ」

陽向「それは今からですけど……でも、諦めません」

陽向「絶対に、陽向は僕だってみんなに認めてもらうんです」

チャド「この国で頑張っていく君を見るのは楽しみですね」

チャドさんの優しい面差しに見つめられて、胸がぎゅっと締めつけられた。



★体験版終わり