アレンルート一章
ゲーム体験版シナリオ

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その衝撃の事実が分かったのは、入学手続きのため大学の事務局へ行った時だった。

そんな、まさか……としか言いようがない。

ついていない、どころの騒ぎじゃない。

念願の大学へも合格し、留学先も確定して、期待に胸をふくらませてこの地にやって来たってのに。

昨日のあの事件に続き、更にこんなことが起こるなんて!

どこで手続きを誤ってしまったんだろう。

陽向「あのっ! もう一度、調べてみてもらえませんか?」

納得ができない、と事務員に詰め寄る。

事務員は軽くため息をついた後、再度書類をめくりパソコンで調べ直し始めてくれる。

しかしその表情は浮かないものだ。

陽向(そうだよな。僕はもう既に手続き済みで、入学していることになっているなんて……)

陽向(この事務員さん、後から手続きしてる僕のほうを怪しく思ってるんだろうな……)

と、その時だった。

???「陽向。今夜、お前の歓迎パーティをしようと思うんだけど、どう?」

陽向(ヒナタ……? え……僕の名前……?)

弾かれるように、声のしたほうを振り返る。

と、そこには学生らしき男の人がふたり、こちらへ向かって歩いてきていた。

ひとりは金髪、ひとりは僕と同じ黒髪の東洋人のようだ。

すると……黒髪の男のほうとバチリと目が合った。

そしてそれと同時に聞かされた、これまた衝撃的な事実、その2。

事務員「ああ、ほらあの子だよ。先に手続きをしに来たのは」

陽向「え!?」

同姓同名……?

???「…………」

陽向(あ、目逸らした!)

そのまま足早に立ち去りかける、僕……ああ、いや、僕の偽物!

慌ててその前に立ちふさがる。

???「何……?」

黒髪の男は、不機嫌そうな顔をして僕を睨みつけた。

陽向(何、じゃないよ!)

男子学生「陽向、知り合い?」

???「いや、全然」

陽向「君……本当はなんて名前?」

負けじとつっかかる。

???「……キミ、何なのさ」

陽向「君、僕のフリをして、ここに入学してますよね?」

陽向「一体、どうしてこんなことしてるんですか!?」

???「え。何ソレ……失礼だなあ。言いがかりはやめてくれる?」

つっかかってみるものの、彼は顔色ひとつ変えやしない。

陽向「言いがかりじゃない! 本当に困ってるんです。変な冗談ならやめてください」

???「そっちこそ、冗談きついな。急にそんなこと言われても訳が分からないんだけど」

陽向「そんな! じゃあ僕、どうしたら……」

???「よく分かんないけど、入学したいなら正規の手続きしたほうがいいんじゃないかな?」

ふうっと「安藤陽向」がため息をつく。

それから本当に迷惑そうな顔をして、首を横に振った。

???「ギャラリーも増えてきてるし、少し落ち着いたらどう?」

言われて周りを見ると、言い合いをする僕達を生徒達が面白そうに見ている。

陽向(う……恥ずかしいかも……)

怖じ気づきそうになった、その時だった。

???「何だ? 今日はずいぶんと賑やかだな」

陽向「え……?」

よく通るその声に、一瞬ざわつきが起こりそれからすぐに静かになった。

その後、人混みの中から現れたのは――。

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アレン「ただの喧嘩か?」

ニヤリと口元に笑みを浮かべ、こちらを見るのは、一際目を引くひとりの男子学生……らしき人物。

すらりとしたモデル並みの体型と、ふわふわの金髪、はっとする程の整った顔立ち。

???「面倒な喧嘩さ」

男の人に見とれてたなんてのも、おかしな話だけれど。

すっかり言葉を失ってしまっていた僕の代わりに、偽物の僕が口を開いた。

???「……君のことは知ってるよ。この大学のリーダー的存在らしいね、アレン」

アレン「そう言うお前は、今年度の新入生か?」

???「ああ。陽向だ、よろしく」

陽向(ちょっと待って! よろしく、って! よろしく、って何!?)

間違いない……。

彼はミスでも誤りでもなんでもなく、僕の戸籍を使おうとしている。

何かの理由で!

なぜなのかは分からないけど……。

陽向「待ってください! 陽向は僕ですからっ!」

アレン「何?」

握手をしかけたふたりの間に、慌てて割って入る。

???「キミ、まだそんなこと言ってるの? いい加減にしなよ」

陽向「そっちこそ、僕のフリするのはもうやめてください!」

???「しつこいなあ」

陽向「しつこくない! 一緒に警察に行きましょう! そうすればどちらが正しいかすぐに……っ」

???「うわ、メンドくさー」

???「そんなに自分が正しいなら、自分が正しい証拠を持って事務局に行けばいいんじゃない?」

これじゃあ本当に、どちらが本物なんだか分かりやしない。

偽物の彼のほうは、呆れた顔で僕を見ているだけ……。

と、そこへ深いため息が割って入った。

アレン「こうして首を突っ込んだからには、口を挟ませてもらうが」

アレン「つまりは、今ここにふたりの陽向がいて、どちらかが偽物だと言うことか」

???「その通り」

陽向「サイアクだ!」

アレン「まあ、落ち着け。ひとまず落ち着いて、それから話し合うことにしたらどうだ?」

???「それがいいよね」

陽向「落ち着ける状況じゃないですっ」

陽向「だってせっかく合格した大学にも通えなくて、住む場所もなくって、落ち着く余裕も時間もないんですから!」

思わず、まくし立てるようにそう口にしてしまう。

口にした後で、はっと唇を噛みしめ俯いた。

???「こんなに感情的なヤツと話し合いなんてできないな。一度落ち着いたほうがいいよ。これ以上の言いがかりも、ごめんだしね」

その言葉と共に早足で歩き去る気配を感じ、バッと顔を上げる。

陽向「ま、待ってくださ……えっ!?」

偽物の僕を追いかけようとすると、むんずっと首根っこを掴まれ、びっくりして振り返る。

アレンさんが呆れたような顔をして笑っていた。

アレン「どっちが本物なのかは知らないが、落ち着いて考えてみろ」

アレン「今、騒ぎ立てたところで無駄骨に終わるだけだろう? 策を考えて出直せ」

陽向「でも……っ」

そう言っている間にも、偽物の僕は歩き去って行ってしまう。

アレン「困っているなら、俺が協力してやらないこともないが?」

陽向「え……?」

アレン「困っているんだろう? どうやら住む場所もないらしいからな」

陽向「え、え……?」

偽物の僕はもう、生徒達の中に消えてしまった。

改めてアレンさんの顔を仰ぎ見る。

アレン「大学のことは今の話し合いで何となく理解したが、住む場所はどうした?」

陽向「…………」

初対面の人に、話していいものかと思い悩む。

人の良さそうなことを言っているが、今の僕は……何だか人間不信になってしまっている……。

陽向(何を……誰を信じればいいのか、今は分からないよ……)

アレン「話してみろ。俺はなかなか頼りになるぞ」

自分で言うのか! そんなツッコミを入れる余力もなく……。

陽向「実は……」

脱力したまま僕は、口を開いてしまったのだった。

陽向「昨日の、ことなんだけど……」



――回想――

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昨日のちょうど今頃の時間にも、僕はこうしてかなりのショックを受けていた。

陽向「間違いないよね……?」

手に汗握りながら、1枚の紙切れを何度も見つめ直す。

その紙に書かれた、住所、番地、部屋番号、まったくもって間違いないはずなのに……。

この国を訪れて初日の僕に襲いかかった災難は、最悪だった。

契約したはずのアパートは、廃墟に近いボロボロのビル。

しかも、まだ誰かが入居しているようで、叫び声や笑い声が階下まで届いてきた。

僕の拙い英語で抗議をする勇気はなく、仲介してくれた不動産屋には連絡もつかない状態。

陽向「はぁ……」

陽向「契約時の英語は難しいから、やっぱり父に頼めばよかったんだ」

陽向「意地を張って、自分でしたいなんて言い張るんじゃなかった……」

だからこうして、騙されてしまったんだろう。

絶望感に襲われながらも、その日はとりあえず安いホテルに泊まったのだった。



アレン「なるほど」

アレンさんは、昨日起こった僕の悲劇を聞き終えると、にやりと微笑んだ。

その笑みはとてもニヒルなものにも、純粋に楽しんでいるようにも、そして……。

多少は、心配してくれているようにも見て取れた。

しかし、あまりに整った顔立ちと、彼から溢れ出すイケメン臭のおかげで悪い気はしない。

だから、なのか。

僕はあえてアレンさんから目を逸らすと、深いため息をひとつ足下に落とした。

陽向「本当に最悪なんですよ……」

陽向「今日は今日で、見ず知らずの他人が僕に成りすまして、ここに入学していた……本当に最悪です……」

アレン「まさに、踏んだり蹴ったりだな」

陽向「その通りです……」

そうして、更に肩の力が抜けそうになっていた時だった。

アレン「それなら、俺の家へ来るといい」

陽向「え……?」

アレン「雨風くらいはしのげるさ」

何とも言えぬ、これまた衝撃発言。

陽向(こ、この人、本気……?)



その後、アレンさんの車に乗せてもらい彼の家へと向かった。

流されやすいのは、僕の欠点。

そんなことは十分に知っているけれど、初対面の人の家にひょこひょこ着いていくのはさすがにどうだろう……。

そんなことを考えていたら、すぐに車は動きを止めた。

アレン「着いたぞ、陽向」

陽向「あ……うん」

立派な外観のアパートに到着した。

陽向「ここで、家族と一緒に住んでるんですか?」

アレン「いや。ここに家族はいない」

陽向(なるほど、独立してるんだ。さすがアメリカ。すごいなあ)

そっと背を押された。

アレン「入れ。遠慮するような家じゃない」

陽向「ありがとうございます。でも本当に、いいんですか……?」

アレン「この家の持ち主である俺が、いいと言ったんだ」

陽向「……そう、ですよね」

僕の背中には、アレンさんの手が添えられたまま。

手のひらは温かくて、その長身に比例するように大きく包み込んでくれるみたいだった。

昨日からの事件続きで、心身共に疲弊していたのかも知れない。

僕はアレンさんに促されるまま、流されるまま、家の中へと足を踏み入れたのだった。



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陽向「広くて、立派な家ですね」

部屋の中は広く、いくつかの扉があった。

長めの廊下を抜けた先のリビングまで、僕は案内され、落ち着かずきょろきょろしてしまう。

アレン「コーヒーでいいか?」

陽向「いえっ、そんな気を遣ってもらわなくても……」

アレン「コーヒーは苦手か?」

陽向「…………」

陽向(遠慮ってのが通じないのかな……)

アレン「苦手か?」

陽向「……いただきます」

コーヒーの瓶をかざしながら返事を求めるアレンさんに、僕は苦笑いで返事をすることになった。

陽向(コーヒーは好きだから嬉しいけど……)



その後、アレンさんが淹れてくれたコーヒーをすすりながら、ふたり向き合って座った。

部屋の中には、香ばしく優しいコーヒーの香りが漂っていて、少しだけ心が和み始めた。

目の前で、僕と同じようにコーヒーを口にふくむアレンさんを見つめる。

近くでこうして見ていると、本当に綺麗な顔立ちをしている。

陽向(そう言えば、大学でもリーダー的存在だって言われてたな)

陽向(確かに格好いいし、優しいし、人気者っぽい……)

陽向(いつもグダグダしちゃう僕とは、全然違うタイプの人みたいだな……)

アレン「少しは落ち着いたか?」

陽向「え……?」

唐突に投げられた言葉に、意味をくみ取るまでに数秒を要する。

陽向「あ、えっと……ありがとうございます!」

アレン「俺は大したことはしていない。こうして連れ帰っただけだからな」

陽向「それに、大学で困り果ててた僕に味方してくれました!」

アレン「いや、味方はしていない」

陽向「えっ! してないんですか……?」

思わず、あからさまにガックリ肩を落としてしまう。

陽向(大学で、あの偽物の僕と張り合った時は、助けてくれたんだと思ったのにな……)

しょんぼりとしながら、アレンさんの顔を盗み見る。

コーヒーに口をつける端正な横顔……きっと、女の子にもとってもモテるんだろう。

アレン「何を小さくなってるんだ? 小さな体がますます小さく見えるぞ」

陽向「僕は小さくありませんよ! 日本人の標準身長ですから。アレンさんが大きいだけです」

アレン「なるほど」

陽向(納得してる……)

アレン「ああ、そうだ。ここでの部屋割りのことだが」

陽向「! はい!」

アレン「何だ、ずいぶんと威勢がいいな。さっきまで丸く小さくなっていたと言うのに」

陽向「小さくありません……」

アレン「…………」

陽向「小さく、ありません……」

アレン「……で、だな」

陽向(無視された!)

アレン「この家の持ち主は俺だが、あとふたりの男と、この家をシェアして暮らしている」

陽向「シェアハウスなんですね。すごい!」

陽向(シェアハウス。いきなり外国っぽい響きだ……!)

やや興奮して身を乗り出すと、アレンさんは面食らったように僕を見た。

はしゃいでしまったかもしれない……。

が、彼は次の瞬間、僕に向かってにっこりと微笑んでくれたのだ。

アレン「すごいだろう? そして、お前もこのシェアハウスのメンバーに入れてやってもいい」

陽向「!」

陽向(この、シェアハウスに……)

陽向「本当に、ここでお世話になってもいいんですか?」

このシェアハウスに住まわせてもらえるのは、本当にありがたい。

けれど、素直に甘えてしまっていいんだろうか……?

アレン「この期に及んで、まだそんなことを言っているのか」

アレン「俺がいいと言えば、いいんだ」

陽向「あの、とてもうれしいんですけど……」

アレン「けど、どうした」

ハッキリと問い詰められ、言葉につまってしまう。

アレン「料金は、他の連中と同じように支払ってもらう」

アレン「契約書もろもろは、また後で整理して渡す」

アレン「他に何か問題はあるか?」

アレンさんは真っ直ぐな眼差しで僕を見ている。

その瞳の強さに、思わずたじろいでしまいそうになりながら、僕はもじもじと口を開いた。

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陽向「でも……僕が本物の陽向だって、信じてるわけじゃないんですよね?」

アレン「それがどうした」

陽向「それがどうした、って……」

陽向「だって普通、素性の知れない人を一緒に住ませるなんて気味が悪くないですか?」

アレン「素性なんて、たいして分からない奴のほうが多いさ。この街にはな」

アレン「そもそも同居が嫌だったらシェアハウスなんて運営してない」

それもそうか……。

アレン「お前は見たところ、か弱そうだし特別頭が切れるわけでもなさそうだし、害はないと見受けられるが?」

アレン「それとも可愛い顔をして、その腹の中は真っ黒なのか?」

陽向「っ!」

とん、っと腹に手の平を当てられ、ドクンと心臓が音を立てた。

至近距離で見るアレンさんの顔は、まるで作り物のように完璧に見える。

そしてそのにんまりとした笑顔も……まるで作り物のように完璧だ……。

陽向「……恐らく僕は、あなたの見たままです……」

陽向「ぜひ……お世話になりたいです」

そう告げると、アレンさんの顔は少しだけ人間らしく綻んだ。

そして次の瞬間には真剣な顔をしたかと思うと、アレンさんはぐっと僕に顔を寄せた。

ぞくりと体中の血管が脈打つ。

どうしてだろう。

この人の視線は強すぎて、時折心臓がおかしくなる。

アレン「この家で暮らすにあたって、お前にひとつ注意しておきたいことがある」

陽向「……注意……?」

アレン「ああ……」

アレン「この家をむやみに探索しないこと。素人には危険なものもある。分かったな?」

陽向(素人……? 危険なもの……?)

分かった、とすぐには頷けない。それだけの情報では。

それなのに、アレンさんのその瞳は首を縦に振らせるような何かがあって……。

気がつくと、こくりと頷いていた。

アレン「よし、分かったならそれでいい」

やっと強い眼差しから解放され、人間的な笑みを前にする。

僕は、ふうっと深くため息をついた。

陽向「あの、コーヒーのお代わりもらっていいですか?」

自然と緊張してしまっていたのだと思う。喉が乾いていた。

アレン「ああ。好きにするといい。ここは今日からお前の家でもあるんだからな」

陽向「僕の家……」

アレン「どうした、不思議そうな顔をして」

陽向「いえ、本当にありがとうございます」

軽く頭を下げ、コーヒーメーカーに手を伸ばす。

砂糖ならそこの引き出しだ、と言われ、引き出しを開いた。

すると、僕の目に飛び込んできたのは、何と――。

陽向「え……拳銃…………?」

引き出しを開けると、そこには拳銃が入っていた。

しかも1丁ではない。何丁も……。

護身用に大学生が持つにしては、かなり大層なもののように思える。

陽向(マ、マズイよね……??)

僕は慌てて引き出しを閉じかけた。

が――。

アレン「おい」

アレンさんが、僕の背後に立ったのが分かった。

背後に気配を感じながら、振り返ることができずに息を呑む。

陽向「あ……えっと……」

何て言えばいいのか分からないままに、ゆっくりと引き出しを閉めた。

アレン「こっちを向け」

不意に低い声で言われ、後ろから抱き込まれるように手を回される。

ゾクリと皮膚が粟立ったのは、恐怖のせいなのか何なのか分からなかった。

アレン「陽向、それはわざとか」

陽向「え……?」

振り向かされると、キッチンの戸棚に押しつけられるような形になり……

背中からはひんやりと冷たさが伝わってきていた。

アレン「引き出しに砂糖が入ってるとは言ったが」

アレン「そんな入れにくい小さな引き出しに仕舞うヤツはいない」

アレンさんの、心を暴くような冷ややかな眼差しで息が詰まる。

陽向(この人の目って……何でこんなに、鋭いっていうか……)

陽向「ご、ごめんなさい……でも、わざとじゃないです」

陽向「アレンさんからすればあえて使わない場所かもしれないけど、僕はちょうどだったっていうか」

陽向「あ、えっとっ、平均身長の違いじゃないでしょうか……!」

しどろもどろに伝えたせいか、言い訳じみた物言いになってしまった。

陽向(うう……でも、本当のことなのに!)

未だ離れないアレンさんの真っ直ぐな視線を受けて、目を泳がせてしまう。

するとアレンさんは……。

アレン「ふっ……怯えるな」

陽向「え……?」

突然、くしゃりと僕の髪を撫でた。

まるで、子どもにそうするような手つきで、ちょっと拍子抜けしてしまう。

アレン「お前みたいなヤツに、何ができるとも思ってない」

アレン「爆睡しているところを襲われたって、対処できるだろうな」

陽向「なっ……ぼ、僕だって!」

アレン「ん? 僕だって、どうした」

アレンさんは、楽しげに喉の奥で笑うと……

ちゅっと軽い音を立てて、僕の髪にキスをした。

陽向「えっ……えええっ!??」

驚いて思わず逃げようとした瞬間――。

陽向「うぐっ……」

ゴツンと戸棚に頭をぶつけてしまい、呻る。

陽向(もう! 何なんだ、これ!)

訳の分からない状態で、アレンさんを睨むように見ると……

彼は今まさに、笑いを堪えている最中だった。

陽向「ひどいです。アレンさんのせいなのに……」

アレン「いや、元はといえば、お前が引き出しを間違えたせいだな」

しれっと言い切るアレンさんを、恨めしく思っていると……。

楽しげだった彼の表情は、ふっとさっきまでのものへ逆戻りしてしまった。

そしてまた距離を詰めると――。

アレン「……砂糖は、その斜め上の引き出しだ。覚えておけ」

アレン「それに、素人には危険なものもあるときちんと伝えただろう? 聞いていなかったのか」

陽向「は、はい……」

互いの息さえかかりそうな距離でアレンさんは僕を見下ろし、それから、くいっと僕の顎を指先で持ち上げた。

大きく心臓が飛び跳ねる。

アレン「物覚えが悪いと、いいことはないぞ」

低く静かな声がリビングに響く。こくりとつばを飲み込んだ。

アレンさんの瞳は、とても強く鋭く、突き刺さってしまいそうだ。

まるで蛇に睨まれたカエルのように僕は動けなくなってしまって。

でも、そんな時。

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チャド「おや、お取り込み中でしたか?」

救いの声が、リビングの入り口から聞こえた。

アレン「チャドか」

どこかから帰ってきた様子の男がリビングに姿を現した。

知的そうで……とても優しげな男性だ。

アレンさんは小さくため息をつきながら、スッと僕から離れる。

陽向(ふう……やっと息ができるみたいだ)

チャド「アレンが恋人を連れ込むなんて珍しいですね」

陽向「えっ……?」

アレン「こいつが恋人だって?」

チャド「ええ。壁に押しつけてイヤらしいことをしていたので、ちょうど真っ最中かと思いましたよ」

陽向「なっ……」

陽向(イヤらしいこと!?)

アレン「するならもう少し場所を選ぶだろう」

チャド「くくっ、つまり我慢できなかったのかと」

アレン「発情した猫でもあるまいし……」

陽向(は、発情っ!?)

陽向「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

僕はようやっと、慌ててふたりの間に割り込んだ。

チャド「何でしょうか? 可愛らしいお嬢さん」

陽向「っ!??」

リビングに現れた男性は、僕を見てとても穏やかな笑みを浮かべた。

が、しかし、違うだろう!

陽向「僕はお嬢さんじゃありませんよっ!」

チャド「おや、ではお坊ちゃんですか?」

陽向「お坊ちゃん……う、う~ん……とにかく男子ですから!」

チャド「それは失礼致しました。あまりに可愛らしい方だったので、勘違いしてしまったようですね」

陽向「か、可愛い……」

アレン「おい、そこのふたり。俺抜きで話をするな」

チャド「これまた失礼」

するとその時、バンッとひとつの部屋のドアが開かれた。

そして顔を出したのは――。

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ブラッド「……ふぁ……眠い……」

仏頂面のちょっと怖そうな男の人が、一室から顔を出した。

陽向(この人もまさか、シェアハウスの人……?)

いかにもストリートギャングっぽい出で立ちに面食らってしまう。

アレン「悪いな、ブラッド。起こしたか?」

ブラッド「そうだな。まあ別に、起きる時間だったから構わねえけど」

ふああ、と大きくあくびをしながら、ブラッドと呼ばれた男は僕のほうを見た。

そしてニヤリと口の端を上げて微笑む。

ゾクリと背中に冷たいものが走り抜けた。

ブラッド「何、その可愛い子ちゃん。アレンの?」

陽向(ア、アレンのってどういうこと!?)

アレン「いや、そういうわけじゃない」

陽向(アレンさんもふつうに返事してるし!)

ブラッド「ふうん……」

ブラッドさんが僕のことを、まるで品定めでもするような目つきで上から下まで舐めるように見ている。

ゾクゾクッと、鳥肌が立った。

ブラッド「オレ、そいつすっげえタイプなんだけど」

陽向「えっ!??」

チャド「面倒な人に好かれてしまいましたね」

陽向「えっ、やっぱりそうなんですか!?」

ブラッド「やっぱりって何だよ」

陽向「す、すみません……」

アレン「とりあえずだな。このジャパニーズも、今日からここに住むことになった」

アレン「名前は、陽向。まあ込み入った事情があって、ひとまずここにってとこだが」

アレンさんが助け船を出してくれて助かった。

陽向「お世話になります」

ぺこりと頭を下げる。

チャド「よろしく、ヒナタ。私はチャド・コールマン。チャドと呼んでくださいね」

陽向「ありがとうございます、チャドさん!」

優しく受け入れてくれたことが嬉しくて、笑顔になりながらあいさつをする。

チャド「で、今起きてきた眠そうなのが、ブラッド」

チャド「彼はこれから仕事なので、昼夜逆転生活ですよ」

陽向「大変そうですね……昼間は起こさないよう、気をつけますね!」

ブラッド「ああ、そうしてくれ。何なら添い寝して熟睡させてくれてもいいが……?」

陽向「なっ……!?」

陽向「お、男に添い寝されてうれしいですかっ!?」

ブラッドさんの言葉にびっくりして、声が大きくなった。

ブラッド「男? お前が?」

陽向「はいっ」

勢いよく返事をすると、ブラッドさんはまじまじと僕を見た後で……。

ブラッド「まさか!」

ははっと笑いながら、寝起きの髪をくしゃっと手でかきあげた。

こうして笑うと、怖そうに見える顔が少しだけとっつきやすくも見える。

陽向(何気に、よく見ると格好いいし……)

陽向「あの、僕、女だって思われてます?」

側にいたアレンさんに、小声で問う。

アレンさんは肩を竦め、おかしそうにくすっと笑った。

アレン「だろうな。お前は体の線が細いからそう見えてもおかしくない。小柄だしな」

陽向「日本人の標準です!」

アレン「あー、はいはい」

アレン「じゃあ自己紹介も済んだことだし、陽向の住む部屋なんだが……」

陽向「はい」

アレン「実は、まだない」

陽向「え…………?」

アレン「貸し出せる部屋が今は物置状態で、それを片付けてからになるから今すぐには無理だ」

アレン「その部屋が使える状態になるまでしばらく、俺の部屋で過ごすといい」

陽向「えっ! アレンさんとっ!?」

アレン「何だ、不服そうだな」

陽向「あ、いえ……」

陽向(不服ってわけじゃないけど……)

陽向(アレンさんって何だかちょっと怖いし、あの銃のことも気になるし……)

アレン「グダグダと悩む必要はない。選択肢はないんだからな」

陽向「あうっ!」

アレンさんはそう言い終えるが先か、むんずと僕の手を握り歩き出してしまった。

アレン「俺の部屋に案内してやる」

陽向「そんな、強引な!」

振り返ると、チャドさんは小さく手を振っていて。

チャド「困ったことがあれば、相談してくださいね」

そんな優しい言葉をかけてくれた。

そしてブラッドさんはと言えば……。

ブラッド「明日はオレのベッドでも構わないぜ」

陽向(ううう…………)

陽向(もしかして僕の留学生活、とんでもなく前途多難!??)

そう思ってしまったのだった。

アレンルート二章
ゲーム体験版シナリオ

アレンさんに言われるままに、彼の部屋に押し込まれてしまった。

何となく沈黙が降りる。

何か話さなければ、と感じて……。

陽向「あ、あの……」

アレン「どうした」

陽向「えっと…………」

何か切り出そうとしたものの、結局何も思い浮かばなくて口をつぐむ。

アレン「別に、無理に会話をする必要はない」

アレン「今日からしばらく、ここはお前の部屋でもあるんだ。リラックスするといい」

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陽向「……ありがとうございます」

アレンさんの言葉に、救われるようだった。

そして会話は…………続かない。

そんな中、思い出されたのはさっきの拳銃のことだった。

僕はおずおずとアレンさんを見ると、改めて口を開いた。

陽向「アレンさん……」

アレン「アレンでいい」

陽向「じゃあ……アレン」

陽向「教えてほしいんだけど、この街ってそんなに危ないところなんですか?」

アレン「……どうしてだ?」

さっきまで緩かったアレンの表情が、少しだけ険しくなる。

陽向(わわっ……いけないこと聞いちゃったかな)

陽向「……す、少し、気になっただけです」

アレン「それはつまり」

アレンの険しい顔に気圧されて小声でそう答えると、彼は低い声を発した。

アレン「さっきの銃のことを気にしているのか」

陽向「え……」

図星だっただけに答えにくい。

アレンはちらりと僕を見てから、すぐに視線を逸らしふっと笑った。

アレン「安心しろ。偽物だ、趣味で集めている」

陽向「にせ、もの……そ、そうだったんですか……」

陽向(だ、だよね。いくらここが銃社会だっていっても、まさか……)

陽向「は、はは……」

とんだ勘違いに、力が抜けるような、拍子抜けするような気持ちになった。

アレン「これで安心したか」

アレン「日本の家に、日本刀が必ず飾ってあるのと一緒だな」

陽向「それはちょっと……普通、ありませんから」

と、アレンはくくっと面白そうに笑った。

アレン「冗談だ」

陽向「からかったんですか?」

アレン「何だ。お前、ふくれっ面のほうが可愛いじゃないか」

陽向「なっ……!」

アレンが、つうっと僕の頬を指先でたどった。

ゾクゾクっと体が震えて、そうしてる間に今度は、ふっと耳元に息を吹きかけられる。

陽向「ひゃあっ!」

アレン「お前をからかうのは楽しいな」

またしても面白そうに笑いながら、アレンは僕のほっぺで遊んでいる。

いや、僕のほっぺっていうか、僕自身で?

アレンの指先は、僕の頬の上を行ったり来たり、円を描いたりハートを描いたり。

陽向「く、くすぐったいですっ!」

僕の頬を撫でる、アレンの指先。

それを払いのけようと思いながら、何だか失礼な気がして払いのけることができない。

陽向(で、でもこの場合、手をパシッてやったって失礼じゃないよね!?)

自分に言い聞かせながら、アレンの手を掴もうとした瞬間。

その手はまるで僕の動きを察したかのように、するりと逃げていった。

アレン「男にしておくのは惜しいな」

アレン「まあ、しかし男だろうと関係ないか……」

陽向「え……?」

じっとりと、アレンの視線が僕に絡みつく。

思わず一歩、後ずさった。

アレン「何故逃げる?」

アレン「俺に誘われて逃げる奴なんて、会ったことがないぞ」

陽向「そ、それは女の子の話でしょ!?」

驚くほど整った顔を前に、どうすればいいのか分からなくなる。

これが女の子だったら、喜んではしゃぎ出すのか……。

陽向(う、ううーん……でも僕、男だし……男だし…………)

陽向(そ、そうだ!)

陽向「そうです! 僕、男だからやっぱり距離を取りたいかな……ってっ!」

くるり踵を返す。

が、しかし――。

陽向「うぐっ……!?」

アレン「逃げるんじゃない」

昼間と同様、首根っこを掴まれてしまった……。

陽向「た、助けてっ! 犯られる!」

アレン「暴れるな。冗談だ」

陽向「え……?」

アレン「冗談、だ。おとなしくしろ」

陽向「……冗談…………」

陽向(冗談ばっかり! ほんっと分かりにくいよっ!)



その日の晩、僕はなかなか寝つけずにいた。

昨日今日と起こった色んな出来事が、頭の中でぐるぐると渦巻いている。

陽向(新しい大学生活が始まって、楽しい日々が待ってると思ってたのに……)

となりのベッドで、ごろんと寝返りを打つ気配がする。

そうだ、悪いことばかりじゃない。

陽向(こうして、運良くアレンと出会って親切にしてもらってるんだから……)

アレン「眠れないのか?」

陽向「っ!」

もうすでに、眠っているとばかり思っていた。

アレン「それもそうだろうな」

アレン「留学先へ来たら、家もなく学校へも通えない、なんて……」

陽向「…………」

アレンの優しい声音が、今は胸に響いた。

暗がりの中、アレンがゆっくりと体を起こすのを見て、僕も起き上がる。

アレン「あまり眠れないかも知れないが、今夜は体も心も休めるといい」

陽向「……アレンは僕のことを、信じてくれてるんですよね……?」

アレン「…………」

陽向「アレン……?」

アレン「……ああ。信じているから、こうして一緒にいる」

陽向「そう、ですよね……本当にありがとうございます」

返事が遅れたことが胸に引っかかった。

だけど今、勝手も分からないこの国で、頼りにできるのはアレンだけ……。

だからというわけじゃないが、アレンには信じてもらいたい。

アレンの、横暴だけど時折垣間見える優しさが、僕にはとてもありがたかったし……。

アレン「どうした。やけにしおらしいな」

陽向「やけにって何ですか」

アレンルート二章の画像

アレン「今晩くらい、一緒に眠ってやってもいいぞ」

陽向「なっ……!」

陽向「な、何言ってるんですかっ!」

陽向「今日は何度も言ってますが、僕、ちゃんとした男ですよ!」

一緒に眠ろうか、などと言い出したアレンに、慌てて声を上げる。

と、アレンはくくっと笑い声を上げた。

アレン「知ってるさ。おやすみ、陽向」

アレンが静かに横になった。

陽向「……おやすみなさい」

彼がしっかりと布団をかぶったのを見届けて、僕も再度横になる。

少し話をしてくれたおかげか、その後ゆっくりと眠気が襲ってきて……。



陽向「っ!??」

陽向(なっ、何っ!?)

やっと、寝つきかけた時だった。

口元を大きな手で覆われ、無防備な体を固定されて、驚きに目を見開く。

陽向(誰!? 誰? アレン? ……じゃない?)

暗がりの中で目を見開き、僕の上に馬乗りになった男を見ようと必死になる。

陽向「……んんっ……!」

が、しかし。

見えたのは赤毛の前髪……やっぱりアレンじゃない!

陽向(強盗……?)

イヤな予想が頭に浮かんでは消え、気持ちの悪い汗がにじみ出した。

逃れようともがく。

しかし屈強な男の下では、僕の力はまるで子どもなのか、その力は少しも緩まない。

陽向(どうすればいい!?)

???「ん……? 違う……!」

逃げる方法を考えていた時だった。男の手が一瞬だけ緩む。

と、その時。

アレン「大丈夫かっ!? 陽向!!」

???「ぐっ……!」

アレンの声が聞こえた瞬間、僕の手は勝手に彼のほうへ伸びて……。

僕を押さえつけていた重みがふっとなくなった。

次の瞬間には、投げ飛ばされたような音が響き……僕はアレンの腕の中にいた。

アレン「大丈夫か、陽向」

アレンの切羽詰まった声が耳元で響く。

前方を睨みつけるように見据えたまま、僕の肩をしっかりと抱いている。

陽向「あ……僕、今……」

アレン「怪我は」

陽向「いえ、大丈夫……です」

自分の声がひどく掠れているのが分かった。

陽向(アレンが……助けてくれたんだ)

ホッとすると同時に、体から力が抜けそうになって……。

陽向「っ……」

ふらつきかけた僕の体を、アレンがしっかりと支えてくれた。

鍛えられた体がぴったりと密着して、体温すら感じて……。

陽向(よかった……)

まだ出会ったばかりの人なのに、安堵感を覚えて静かにつばを飲み込んだ。

となりを見れば……アレンは、険しい表情で前方を見据えたままだ。

アレン「このまま下がっていられるか」

陽向「え……?」

アレン「俺の後ろに隠れていろ」

陽向「で、でも、アレンひとりじゃ」

アレン「お前がいるほうが足手まといだ」

陽向「っ……!」

アレンの鬼気迫る表情に、ノーとは言えなくなった。

陽向(もしかしてアレンは、襲った人が誰か分かってる……?)

胸がざわつく。

このシェアハウスに来て初日、まさかこんなことが待ち受けているとは思わなかった。

陽向「……分かりました」

アレン「お前を巻き込むのは、なぜか……夢見が悪い気がするからな」

その言葉の真意は分からなかったけれど……。

ぐっとアレンが僕の体を後ろへ押しのけた。

その矢先――。

???「アレンじゃないとは……」

アレンが投げ飛ばしたであろう男が、のっそりと起き上がった。

暗がりの中見えたシルエットは、すらりとした長身……。

鋭い瞳と、尖ったナイフがぎらりと光った。

アレン「ふんっ。さっさと消え失せろ」

陽向(アレン……?)

およそ人が人に向けるとは思えないような、冷徹な声が響いた。

陽向(本当に、アレン……?)

再度、胸の中で問いかける。

???「お前こそ二度とこんな卑怯な真似はするな」

陽向「え……?」

今度はその襲撃者の言葉にも動じてしまう。

卑怯な真似はするな……とは、どういうことだろう?

卑怯な真似をしているのは寝込みを襲った襲撃者ではないんだろうか?

アレンを仰ぎ見る。

しかしアレンはただただ冷たく氷のような瞳のまま……。

???「…………」

アレン「…………」

わずか数秒、ふたりは睨み合うと、襲撃者の男はすっと闇に消えてしまった。

今のは……?

そう問いかけたかったが、アレンは全身で僕の言葉を拒んでいるように見えた。



★体験版終わり